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「はい、申し訳ありません。
そこまで思い至らなかったもので……」
謝罪の言葉を口にしながら、内心は舌打ちする村瀬。
相手の区長は横柄な性格で、人使いも荒い。
面倒事は他にやらせ、自分は安全地帯から下の者に命令するだけでよいと考えている節があり、村瀬のみならず他の役員からの受けもよろしくない。
命令通りに動いてもろくに誉めず、ミスれば嫌味の餌食。
何でこんなのが上の人間になれるのか、考える度に不公平な世の中に不満を募らす村瀬だった。
「君はまだ現場にいるのか。
それならもう引き揚げてくれて構わん、君がいたところでもう役には立たんだろうからな」
「はあ、そうさせて貰います。
区長の方もくれぐれも気をつけて……チッ、もう切りやがった……」
一方的に通話を切り上げた区長にさらなる不満を募らせながら、ケータイを助手席に放り投げる。
「……俺はいつまであんな野郎の下でこき使われなきゃいかんのだ」
運転席にもたれかかり、虚ろな目でフロントガラス越しに外の様子を眺める。
車体に勢いよく降りかかる雨が、一斉にドラムを叩いているかのような轟音を響かせる。
これでまだ入口にさしかかっている程度であり、未明にかけてさらに勢力を増した猛威に呑み込まれる。
長年、集落に住む身であるが、これほどの規模の台風は初めての経験だ。
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