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時は江戸時代中期。人々の命を助け、人々が生きる為に東奔西走している医者がいた。その医者の名は、「舞楽 寂」(ぶらく じゃく)彼に治せない、病・怪我はない。少し前に、オランダから入ってきた蘭学を独学で体得し、あらゆる医学に長けていた。その施術の腕前は、もはや人間業を超えていた。人は彼を「神の医者」と呼ぶ。救った命は、数えきれない。しかも、寂は病人から、一切金を取らない。
寂に、治せない、病・怪我はないと述べたが、正確には、癌だけは完璧には治せなかった。一度は治るのだが、約半数の確率で、再発するからである。しかし、一度だけでも、癌を治す事ができる医者は、日本中でも、他には誰もいない。
信濃の国の、人里離れた山中の小さな村に、原因不明の病に苦しむ、若い娘がいると、寂の耳に入った。一昼夜山路を歩き、娘の家にやって来た寂。娘は、涙を流し苦しんでいる。母親に尋ねた。
「この症状は、いつから続いておる?」
「一昨日の晩からでございます」
「して、心あたりは?」
「おらには、判りません。寂先生、どうか娘のこの病、治してくださいまし」
寂は、膨らみ始めた娘の胸に、暫し優しく手を当てた。
「痛むのは、ここか?」
娘は、涙目でコックンと頷いた。
「して、娘には、好いておる、おのこはおるか?」
「はあ。三軒先の、二つ上の、16のおのこを、そりゃあ、好いとります」
寂は、僅かにニヤリとして言った。
「母上、この病は、私には治せん。いや、誰にも治せん」
「そ、そんな、寂先生」
「これは、『恋の病』じゃ。薬もいらん。二日もすれば、胸の痛みは、自ずと消えよう」
「で先生、何かやらねばならぬ事は?」
「娘と、そのおのこが、仲睦まじくする事。それが、何よりの特効薬じゃ」
寂が言ったように、二日後、娘の胸の痛みは、嘘の様に消えた。寂も、それを見届けて、霞の様に消えた。
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