ナツコイ。

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ナツコイ。

 ジージーと夏の終わりを惜しむかのように蝉たちが最後の命の声を上げ続けていた。  照りつける太陽はおれたちを容赦なく焼きつける。  背中に張り付いたシャツが気持ち悪いくらい色を変え、リュックから取り出したスポーツ飲料を一口飲んだくらいでは満たされようもなかった。  お盆を過ぎたとはいえどこもかしこも人の波で、すれ違う人の誰もが疲れきったような、だけど務めを果たしに来たのだと清々しい顔をみせている。  お寺へと向かう長い階段を見上げるとさきはまだ遠くにある。  おれ、蜂矢 遥平(はちや ようへい)は両親の呆れた声に申し訳なさを感じつつもなかなか取れない休みを理由にお盆の最中には帰省しなかった。    実家が嫌いなわけでも、地元に帰りたくないわけでもない。  ただ、一人で暮らし始めて長く経つとそれが当たり前になり、そこが自分の居場所になっていくのは誰にでもあることだと思う。  繰り返される日々や新しい顔ぶれの友人たちがいつしか普通になり、記憶の奥に押し込まれるように過去は遠いものへと変わっていく。  息を荒くしながら最上へと足を踏み入れるとそこはやはり人込みで、受付の前の屋根からは霧の煙が空気を湿らせていた。  仏花と線香を買い、ほんの少しの休憩をはさんで再び階段を上る。  
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