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そんなこと全然知らなかった。
おれが毎日友達とバカ騒ぎしたり勉強したり就職して仕事して、普通の生活を送っていた間、御厨はそうではなかった。
「でも」
「昨日会ったっていったけど、それは無理だよ。だって昨日にはもう意識もなかった。ずっとここで眠り続けていた」
「……だって」
じゃああれは幻だったっていうのか?おれは実体のない誰かと濃密な夜を過ごしていた?
わけがわからなかった。
あれが幻のはずはない。温かかった。愛おしかった。
「……」
黙りこくったおれに視線を向けると「会って来いよ」と背中を押された。
「ずっと蜂矢に会いたいって。……口には出さなかったけど、みんなその気持ちは痛いほどわかってた。でも君には届かなかった」
「……」
破り捨てた同窓会の案内。盆も正月もめんどくさいと帰省せず、新しい生活のことばかり考えていた。
遠いこの場所で、強く会いたいと望んでくれていた御厨のことなんか、考えたこともなかった。
おれはうなずくと足を動かした。
出入りをしている大人たちに頭を下げながら玄関へと足を踏み入れる。
悲しく人を遠くに送る時の匂いが家中に充満していた。
いろんな人たちに囲まれながら気丈にふるまう一人の女性がすぐに視界に入る。母親と同じくらいの年代のその人が御厨のお母さんなのだろう。すごくよく似ている。
「ごめんください」と声をかけると女性はぱたぱたとやってきて頭を下げた。
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