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『──あの、大丈夫、ですか?』
あの日、何もかもに絶望し、すべてを諦めていた私に、君が手を差し伸べてくれた。
私が傷つき血を流し泣いていたことに気づいてくれた君。唯一君だけが私を認識してくれた。だから今度は──。
「泣かないでほしい」
聞こえないように、それでも伝わってほしいと小さく声に出す。
「今は悲しみの淵にいるのかもしれないけれど、でも大丈夫。私がいる。君の力になる」
滑稽だと思う。伝わらない告白など意味はないのに。それでも口に出さずにはいられない。届いてほしいと願わずにはいられない。
「──君のことが好きなんだ。
笑っていてほしい、大会で得点を決めた時のように。怒っていてほしい、夕月ちゃんが君の自転車を壊した時のように。困っていてほしい、教科書を忘れて教師に指名された時のように。想っていてほしい、あの男に……」
あの男に向けていた君の想いが、私に宛てたものだったのなら。
「……ただ、泣き顔だけは見たくない」
指先についた涙は乾いていた。雫の名残を舐めとるが、味はしない──傷跡だけが残る。
「今はただ眠って──明日からまた、元気な姿を見せてほしい」
……………………。
──返事は、ない。今日はもう帰ろう。
そっと君から離れて扉へと向かう。一度リンの様子をうかがうと、無表情にこちらを見つめていた。なんとなく気になって再度リンの位置を正そうと──。
「──ありがとう」
声が聞こえた。はっとして振り返る。
君がこちらを見ていた。涙を零しながら、それでも笑顔で。
「──私も、貴方のことが、好きです」
……そんな、幻だった。
君は変わらずこちらに背を向けている。何もないがらんどうの暗闇……時計の針の音だけが静かに夜を震わせている。
苦笑して部屋の扉に手をかけた。
「おやすみ、また来るね。いい夢を」
最後に小さく呟いて、私は君の部屋を出る。
「いつも見守っているよ──私の天使」
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