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たしかにおじいちゃんの足腰はしっかりしている。背筋も伸びているし、よく食べるし、お酒もよく飲む。
でも……。
「10年は長いよ。80歳になっちゃうよ。せめて5年。5年待ってもらうのはどうかな。それまでに気持ちの整理つけて、一緒に暮らそうよ」
おじいちゃんがきょとんとした顔で見つめている。私もこんな提案がでてくるなんて思ってもいなかったから首をかしげてしまった。
その視界に白い筋が見える。おじいちゃんの部屋にも蚊取り線香があったから、その煙だ……と思ったとたん、クラッとめまいがした。
「静太郎さん。私はいつでもあなたの側にいますから、この土地を離れても寂しくなんかありませんよ」
「おまえの言いそうなことだ」
おじいちゃんはそう言って布団をかぶってしまった。
部屋を出て、障子をぴったり閉めたら体が急に軽くなって、雨戸のガタガタが鳴り止んでいた。
「最後の言葉、私じゃなかった」
驚いたけれど、怖さはぜんぜんなかった。
翌朝、おじいちゃんがあと5年待ってくれと言い出したとき、お父さんが手に持っていたお箸をポロリと落としたのをよく覚えている。
おじいちゃんはその日を境に怒鳴らなくなったし、青二才も青びょうたんも口にしなくなった。
お父さんはいったいなにがあったんだとことあるごとに頭を抱えている。
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