少年は夜風の導くままに行く

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少年は夜風の導くままに行く

 夜の街に衣擦れの音を響かせる。街灯さえ消えるような真夜中は、実に風が気持ちいい。腕で風を切ってみる。切られた風は手の平をなぞり、柔らかな空気に解けてしまった。その空気もまたたまらない。夜露の草の青いにおいに、コンクリートの甘いにおい、その何もかもが愛しい。だから、ついつい街を駆けてしまう。  僕は夜風の化身だ。人知れず闇に紛れる幽霊だ。黒い衣の裾たちは、星をなぞるようになびいて尾を引いた。  衣を羽ばたかせ、空に近づく。今日はどんなことが待っているだろう。そんな期待に胸を躍らせ、街を見渡す丘の上にやってきた。まばらに散った明かりを見る。星は空だけに出るわけじゃない。街にも迷子の星が散らばる。それは学生か、あるいは夜通し宅飲みをする夫婦の星か。どちらにしても、街の平和を物語る。  そんな中、今日のお散歩スポットを探す。  昨日は公園に集まる野良猫の霊と遊びまわった。見た目はかわいいけど、人間の言葉をしゃべるものだからかわいげがない。でも、面白い話は聞けた。猫の視点で見た人間世界は、恐ろしく厳しいものらしい。人は鉄の箱で突っ込んでくる。茶色い板状の猛毒を食っている。しまいには大きな棒を振り回して高速の玉を吹っ飛ばすときた。それだけ聞くと、人間が化物みたいに聞こえる。まさにそれは実録の『吾輩は猫である』である。  でも、今日はそんなお話を聞く気分ではない。あそこの猫たちは話が長い。たまに聞くのはいい。でも、僕は昔から国語が苦手だったから、連続で行くのは勘弁願いたい。  それなら、川沿いに行ってみよう。水辺は僕たち霊のパワースポットだ。山から自然のパワーをたっぷり含んだ水が流れている。だから思わぬ出会いがあるかもしれない。それに熱帯夜はやっぱり川風だ。湿った冷たいそよ風は、実に風流な感じがする。
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