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都内のターミナル駅が制圧されて、もう10年が経とうとしている。
この国の礎たる法律、『選民保護法』に基づき、政府は利用者数が1日あたり3万人を超える駅を対象に一般市民の利用を制限することを発表。都内ではトーキョー、シンジュク、シブヤ、イケブクロ、シナガワの計5つの駅が対象となった。
物流以外はすべて規制の対象となり、市民による交通目的の利用は一切許されない。移動の最たる手段を奪われた人々はどこへ行くにも大幅な迂回を強いられるため、電車で通勤、通学をするには朝5時起きは当たり前。
リウも自身の通う高校がある中目黒へ向かうには、本来シブヤ駅から東横線で一本、所要時間約40分のところを、まず井の頭線で下北沢まで向かい、小田急線に乗り換え代々木上原、さらに千代田線で霞が関、最後は日比谷線に乗りやっと中目黒と、3度の乗り換えと4本の電車。所要時間は電車に乗っている時間だけで約1時間かかるのである。
しかし問題はそれだけではない。
もともとそれら5つの駅、通称ターミナル駅は全体で1日のべ250万人以上が利用する、世界中でもトップクラスの、いやむしろ世界の駅利用者数ランキングのトップを独占する混雑度合いであったのだ。
その250万人が一気に他へと吐き出されたわけだから、パンクしたのは迂回経路になる私鉄や地下鉄だった。
ラッシュ時の混雑は300パーセント以上、つまり身体に危険が及ぶレベルとなり、乗車す
るために並ぶだけでも20分から30分は見なければならない。
つまりリウの場合、地下鉄に乗るまでの時間も合わせると順調に行って約2時間、その間、とくに地下鉄に乗っている時は規格外の混雑により内臓が破裂しそうになるのだ。
ならば車でというと、それも簡単にはいかない。
今や成人の車の保有率は8割を超え、首都高を中心とした環八、環七、明治通りや靖国通りなど、都内の静脈とも言える道路は常に渋滞。高速料金、ガソリン代も10年前よりも25倍に引き上がっている。
つまり政府は、市民の交通そのものを圧迫することが目的なのだ。
ターミナル駅の利用を制限し国有化することを発表した際、政府がその目的として掲げたのは「テロ対策」である。
しかしそれは対外的なものではなく、この国の中の、身分の優劣により発生する可能性のあるテロであった。
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