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やがてノロノロと動き出した体でとりあえず短期間の旅行に行くような荷造りをして部屋を出た。
昨日までは大勢の使用人が『お嬢様、行ってらっしゃいませ』と口を揃えて見送りをしていたのに今日はそれもなかった。
(本当にもう、誰もいないのね……)
ガランとしている玄関ホールを見つめてため息が出た。
そして私は生まれて初めて誰に見送られることなく、長年住み慣れた屋敷を出たのだった。
門まで続く長い道をトボトボと歩く。頭に浮かぶのはお父様の事、そして──
(……天眞)
最後に無礼な態度を取った加々宮天眞は、今から十三年前、私が7歳の誕生日を迎えたその日、お父様に『欲しい』と強請った5歳上の男の子だった。
あの日、借金の返済期限を伸ばしてもらうために早乙女の屋敷まで直訴に来た母親と共にいたのが天眞だった。
天眞の家は天眞が5歳の時に父親が亡くなって以来母親がひとりで天眞を育てて来た。
亡くなった父親が早乙女の会社から借金をしていて、それを母親が引き継いで返済していたということだったが、返済期日に払えないということが何度かあり、とうとう住んでいた家を抵当に入れられる事態になり困り果てたギリギリの状態で直訴に来ていたとのことだった。
そんなタイミングで私は天眞を見つけ、気に入り、お父様に欲しいと強請ったのだ。
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