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「ヴィズル!?」
「……何てことだ。この距離で“聞こえた”とはな」
ふんと鼻を鳴らし、ヴィズルは皮手袋をはめた左手で、綺麗な短剣をもてあそんでいた。それは濃紺色の柄に、銀で植物のつるを巻いたような細工が施された、東方連国風の美しい曲刀。
刃の先をつまみ、ひょいっと宙に放り上げ、落ちてきたそれをまた指でつまむ。
人の良さそうないつもの微笑が、取り繕う事の無意味さを悟ったように、ひきつって歪んでいた。
「ロワールはもう水平線の彼方だっていうのに……健気な娘だ」
「どういうことだ。彼女をどこへやった!」
シャインは無意識の内にラフェールの剣の柄に右手を添えつつ、目前のヴィズルを睨み付けた。
何が起きたのかさっぱり理解できない。
何故ヴィズルが短剣で斬りつけてきたのかも。
信じたくないけれど、これだけは確信できる。
ヴィズルは、自分を迎えに来たわけではない――。
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