31人が本棚に入れています
本棚に追加
「お母さん、藍染の浴衣あったやろ? 花火大会にあれ着て行こうかな。藍にもあったやろ? わたしが小さい時の」
藍染が好きで、娘の名前を藍にした。
藍は自分の名前の由来でもある藍染を、夏休みの宿題に選んだ。
里帰りの口実は、忙しい夫にはどうでも良かったかもしれない。
それでも無いよりはあった方が気が楽だった。
「後で探しといたげるわ。晩御飯作るけん、ちょっと裏の畑行てきゅうりやなすびとってきといて」
久しぶりに帰ってきても人使いの荒いことに変わりはない。
それが母なりの気を使わせない気遣いなのかもしれない。
「藍、畑行くでー」
呼べば、少し大きなゴム草履を履いて藍が庭に降りてきた。
竹のザルに並んだ新鮮な野菜を井戸水で簡単に洗い流していると、ポツリポツリと雨が降り始めた。
今夜から明日の朝にかけて台風が通過するらしい。
毎年何回かは台風が通る。
幾たびもの嵐にも、この古い母屋は耐え抜いてきた。
「藍、雨降ってきたから二階の窓閉めてきて」
何年か前は急な傾斜の階段を怖がっていたのに、もうすっかり危なげなく階段を上がっていく。
「ママ! 見て見て! 四国三郎がこっちまで来そう!」
実家は川の近くに建っている。二階に上がれば堤防が見えるが、普段は水の流れまでは見えない。
驚いて見に行けば、増水した川が水位を増して轟々と流れていた。
最初のコメントを投稿しよう!