31人が本棚に入れています
本棚に追加
西の方はすでに大雨が降っているのだろう。
それでもまだまだ堤防が決壊するほどの水位にはない。
「あんたが生まれた年の台風でこの家も水に浸かったんで」
母はよくその話をした。家の側を流れる川が氾濫する恐怖は、何年経っても忘れることはできないのだろう。
そうやって久しぶりに、夕飯を母と二人で喋りながら作る。毎日忙しなく一人で戦っていたマンションの狭いキッチンとは大違いだ。
画用紙を広げて「あいぞめのけんきゅう」と書くと、藍は母の言葉を待っている。藍のことをこれほど落ち着いた気持ちで見ていられるのはいつぶりだろう。
お手伝いしたがる藍を追い払うようにして、いつも早くご飯を作って、早く洗い物をして、洗濯して……と、必死だった。
母にもそんな時があったのだろうか。
ふとそんなことを思ったが、わたしの記憶の中では、母はいつも鼻歌を歌っていた。美空ひばりが十八番だった。
それは今も変わらない。
今日は孫の宿題のために、鼻歌はお休みして藍染の説明をしてくれる。
わたしもここで育ったはずなのに、その歴史までは知らなかった。
「昔は台風の度に山から土砂が運ばれて来てな、蓼藍の栽培にちょうどええ肥えた土地ができたんやと。
最初のコメントを投稿しよう!