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櫓の上で奏でられるお囃子に乗った軽快な歌声が流れ始めると、街中の細い道は踊りの輪に集う人々で埋め尽くされる。ちょっと外に出ようものなら、ろくに歩くことも出来ず、輪の回る方向へと流されてしまう。盆の間には人々の数が何倍にも膨れ上がり、踊りは夜通し続く。
ここでは十ばかりの歌が軽快なリズムで歌われるが、その中にこんな一節がある。
心中したげな宗門橋で 小駄良才平と 酒樽と
才平は、「サイベ」と読むらしい。
宗門橋で小駄良才平が酒樽と心中したんだってさ、というほどの意味であるが、その「小駄良才平」が何者であるか、はっきりと答えられる者はいない。
ただ、伝えられるところでは、小駄良に住む大酒呑みだったということである。
夜な夜な街に現れてはいい気持ちで酔っ払い、酒樽を担いで大声で歌いながら帰っていくのだが、その声の美しいこと、町中の者が聞きほれたという。積翠の城主も宴会のときは「小駄良才平にするぞ」と宣言したと言われている。
何でもこの「小駄良才平」、あるとき宗門橋で足を滑らせ、酒樽と共に谷川へ転げ落ちたが、そのまま「ワシゃ酒樽と心中したい」と言うなり、一晩中歌いながら川を流されていったらしい。
するとこの歌は、ある意味では「小駄良才平」という人物へのレクイエムと解釈することもできるのだが、どうも納得のいかないことがある。
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