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さらに、相手は盆踊りの輪の中で、人に知られることなく殺人を犯す技を持っているのだ。身に覚えのない刺客とはいえ、道中で下手に刀を抜いては、あらぬ罪に問われることにもなりかねない。
つまり、素手の一撃で相手を昏倒させなくてはならないのである。
この地に留まっては、命がない。故郷を離れて旅立とうとする今、できることはただ一つだった。小駄良才平がやってくるのを捕まえて、夕べの技を教えてほしいと頼み込まなければならない。
侍の面子など、どうでもよかった。命がかかっている。いざとなれば、人前であろうがなかろうが、土下座でも何でもするつもりだった。
「お酌しましょうか?」
「あ、ああ」
店の主がたしなめる。
「なづきちゃん、うちはそういう店じゃない」
「いいんです!」
看板娘にキッと睨まれて、主は何事もなかったかのようにせっせと料理に取り掛かった。
「さあ、玄十郎さま」
「あ、ああ、そのくらいで」
身体を寄せてくるなづきにどぎまぎしながら、一応は酌を受ける。店に集う男たちの、羨望の眼差しがちくちくと感じられた。
怪我の功名というものだが、そんな気持ちで飲む酒は、やはりまずかった。飲もうにも、盃が進まない。玄十郎は、ちびりちびりと酒を飲むふりをして待った。
やがて、戸口にふと目をやったなづきが口を押さえた。
「あ……」
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