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 「成人式で、着て行くんです」  70%オフのシールが張られた浴衣を、一層強く握りしめた女性は、どこか焦りを感じているようだった。  今は9月中旬、花火大会や地元のお祭りは既に終わっている。本来この店で売り残った浴衣は、来年のお祭り用を見越して売っているのだが。  「……成人式に着て行くと答えた人は初めてです」  私がそう答えると、彼女は「ですよね……」と苦笑していた。  彼女は一番派手に見える、紺を基調とした白いユリが描かれた浴衣と、赤いコサージュ、そして黒の下駄をレジに置いた。  ――振袖に比べたら、浴衣なんて霞んでしまうのに。  私が高校を卒業して働き始めて、成人式の為に振袖を見に行った時のこと。  華やかで可憐な振袖に私は、夜空に花火が打ち上げられる時の息をのむような美しさに衝撃を受けた。  花弁を何枚も重ねたかのように美しい――。  その振袖とこの浴衣を比べてしまうと、生地はペナペナで安っぽいし、目を奪われるようなキラキラとした装飾は無い。彼女はお金がないのだろうか、それとも予約を忘れたのだろうか。  問いかける勇気もなく、私はそっとお釣りを渡した。
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