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昨日通った道が分からない。それが当然の街。こんなに不便な都市でも、それでも人々は平然と暮らしている。その陰には街の地図を作る『地図書き』の存在があった。
*
様々な様式の建造物の立ち並ぶ中央通りに、一際出入りの多い建物がある。『地上館』と呼ばれるこの建物は、この街の地理を書き綴る『地図書き』達が集う集会所だ。入り組んだ路地を進むには小柄なほうが勝手が良いのか、身寄りのない孤児達も多くがここで雇われている。そんなある日、集会所ロビーのど真ん中で地図書きの制服を着た12歳くらいの少年と少女が些細な事でもめ事を起こしていた。
「ユク!今日こそは私のマッピングを手伝ってよね?」
と、黒い髪の少年に手を差し伸べる赤い髪の少女。しかし少年はぼんやりとした表情で目を逸らし、少女の提案を断る。
「それは出来ない。今回の変動で西区三層の構造も随分変化した。あの辺は俺の担当だから、今は手伝えない。」
「でもユクは一級の地図書きでしょ?一級なら担当くらい自由に変えられるよね?」
「それはそうだけど、やっぱり出来ない。」
「うー…。もう!」
立ち去る少年の背中を目で追いながら、むすっと不満げな表情になる少女。二人はいわゆる幼馴染なのだが、彼女はユクと言う名の少年に特別な思い入れがあった。
「また振られたのか。」
「違います!」
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