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 屋上は寒かった。上着のないスーツという軽装備では、探索は無謀だった。くっ寒……。とか、裸で放り出された姫騎士の気持ちにでもなりながら、俺は紐を探してみた。  あの窓の位置からすると……、  ーーあった。  相変わらず、か細く儚げに揺れていて、見つけた俺を褒めてやる。  よーっしゃ、よしゃよしゃ。  セルフよしよしをやり終えて、紐を見る。どうみても紐だった。ただしそれは、ずぅっと、ずっとずっと、上へと続いていた。  あー、あれだ。これ見たことあるぞ。  と、俺は似たようなイメージを思い出す。芥川大先生の『蜘蛛の糸』だ。ははーん、だとすると、ここは地獄だったんだな。上司があんなに無体なのは、地獄の獄卒だったから。というかだったら仕事押しつけませんよねぇ! と、俺はきりもみ回転しながらも考える。  さすがの俺でもフィクションとノンフィクションの区別はついている。もうすでに俺は死んでいて、ここが地獄なんてことはないはずだ。だから残念ながらこの糸も、お釈迦さまが垂らした蜘蛛の糸ということはないはずだ。俺がした良いことと言ったら、赤い羽根募金に一円入れたくらいしか思い浮かばない。しかしお釈迦さま、見てるなッ……。  とも思ってみるが、冷静に考えてそんなことはありそうもない。しかし、空の彼方から下りているこの紐が、まずは不思議現象であることには間違いがない。この紐が何なのか、それを明らかにしてみたい。俺は仕事という名の現実をうっちゃって、この紐に取り組んでみることにした。  いやいや、勘違いしないでよね。別にこれは現実逃避じゃない。もしもこれが天国に続く糸ならば、昇ることも吝かではないのである。だって考えてみてくれよ。彼女なし=年齢、給料=上がらない、今日の仕事=終わらない。うん、ちょっと逝ってくる。今逝かなくていつ逝くの? 今でしょ! ってなりますよね。え、ならない? ハハハ、優しい現実に暮らしていて羨ましい。  ………………。  さて、この紐が何なのかを確かめるとして、どうしたらよいのだろうか。と俺は考える。まずは登ってみる? と、俺ははなっから最終手段を取ろうとして、すでに捕まえていたその紐を、強度を確かめようとして引っ張ってみた。  途端、カチリと音がしてーー、 「え……?」  ーー全天の星が消えてしまった。
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