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母親たちが住む家は広かった。
高層ビルの建ち並ぶ市街から車で二十分ほどの立地だが、隣家とは広い庭で接していてゆとりもあった。家は二階建てだが、部屋数が多く二人で住むには充分すぎるほどに広かった。よく二人の友人や親戚を招いてパーティーをするし、ウィリーやノアも友人たちを引き連れて泊まりに来るのだとカナは笑った。
室見と郁には一階の廊下の先にあるゲストルームが割り当てられた。離れのような趣のそこは、昔は画家をしていたメアリーの祖父のアトリエだったという。シングルベッドとセミダブルベッドが部屋の端にくっついて設置された部屋には、シャワーブースと浴槽のある部屋付きのバスルームまであった。室見はベッドの反対側にあるウォークインクローゼットの側にスーツケースを置いて、必要な物だけを取りだして軽く荷解きをした。
「今日は早めに休もう。郁、疲れたでしょ」
返事がないので顔を上げると、郁は小さな紙袋を持ってベッドに座ってぼんやりしていた。
「どうしたの?」
「あっ……いや、なんでも」
「それ、何だった?」
この部屋を案内してくれたカナが、別れ際に郁だけを呼び止めて小さな紙袋を渡した。カナは室見に聞こえないように小声で話しているつもりのようだったが、よく通る高い声は室見の耳に断片的に内容が聞きとれた。「必要ないかもしれないけど」「時々はサプライズも良いスパイスになるのよ」「うまくやるのよ」「私とメアリーを信じて」などなど、どうやら母親から息子への何かのアドバイスのようだった。母親の熱心な教えを聞いた後に紙袋の中身を覗いた郁の顔には、羞恥とも困惑ともつかない色が浮かんでいた。郁に珍しい顔をさせたプレゼントは何だろうかと、室見は興味がわいていた。
「母親が別人のように感じる……」
しかし郁は室見の質問には答えずに頬を少し赤らめてそう言うと、話は終わりと言わんばかりに紙袋の口を何度も折り曲げてからサイドテーブルの端にそれを置いた。話したくないのなら、と室見もそれ以上追及はしなかった。
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