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郁がなぜ担任のクラスにいるときに、必要以上に緊張してしまうのか。
その理由は、クラスにいる唯一のアルファである室見一花の存在があるからだった。郁は室見について、素直で純粋な少年という印象を持っていた。勉強もスポーツもよくでき、一般的に他の性別種と比較して優れた能力を持つと言われるアルファの見本のような優秀な生徒だった。色素が薄いのか、茶色がかった髪はいつも短く刈られていて、黒縁眼鏡の奥の涼しげな薄茶色の瞳はいつも純粋にこちらを見ていた。その室見の瞳に見つめられると、郁はなぜか心がざわめき、落ち着かない気持ちになってしまう。授業中などは集中しているので気は散らないのだが、郁が一人で作業をしている時などに室見に話しかけられると、心のうちを悟られないように振る舞うのに必死になった。それなのに、室見は郁に親しみを感じているらしく、やたらと話したがって近づいてくる。
「明科先生。郁ちゃんって呼んでいい?」
声変わりしたての少年の声で、からかう口調で、でも頬を少し赤く染めて室見は言った。
「だめだよ」
「なんで? みんなそう呼んでるじゃん」
室見は子供らしく唇を尖らせて見上げてくる。確かに、学生のように見える郁のことを、生徒たちが親しみを込めて郁ちゃんなどと呼んでいることは知っている。でもそれは、生徒同士の会話の中での話だ。郁を呼ぶときには、皆きちんと使い分けて明科先生と呼んでいる。
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