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「ほんの出来心だ。怯えた顔も想像通り凄艶でゾクゾクした」 「悪趣味だな」 「弁解の余地もない、素直に謝るよ。申し訳なかった。利光に俺を頼ってくれるような可愛げを期待したのが愚かだった」 「まったくだ」  そんなことを考えていたのか……。  怒りを通り越して、あんまり滑稽で可笑しくなった。笑っている時点で、とっくに目の前の美丈夫に絆されているのだと自覚(わか)る。葉はバツが悪そうに苦笑した。 「利光、このままサヨナラかい?」 「そんな気は更々ないって顔をしているが?」 「俺は……」  言い掛けて、ちらりと此方を見た葉を、 「聞こうか」  と、促した。 「最初は花を生けている君に欲情した。どこまでもストイックで嫣然と花に笑み掛けるさまに。花に嫉妬するほど惹かれたと言ったら信じるかい?」  王者の風格で繊細な言葉を連ねる葉に俺はとうに心を許していた。一目惚れしたのは、むしろ俺の方なのだが、それは罰として黙っておく。 「そうだな。信じてみてもいいよ?」 「ほんとうに?」 「あぁ……。どうするのが一番てっとり早いか、葉のような男には判っているんじゃないのか?」  俺の挑戦的な言葉にフッと笑って、葉は俺をバーカウンターへ促した。 カードで夜を決める。 「デックにジョーカーは一枚だ。それを俺が引いたら、その躰を俺に差し出せ」 「いいよ。その代わり葉が負けたら、花を挿して俺に抱かれるんだ。いいね?」 「ぇ……?」  虚を衝かれたのか、ポカンと子供みたいな眼で俺を見た葉は、 「挿すって何処に?」  と、眼を(しばたた)いた。  何を想像したかは判らないが、この王者は意外性の塊で可愛げがある。存分に楽しめそうだと俺は意地悪く笑った。 「躰に挿すところなんて、幾らもないだろう?」  ねっとりと耳許へ囁いて意味深に目線を下肢へやると、 「待て、変態プレイの趣味はないぞ」  葉は見た目に立派な昂ぶりを、もぞりとさせた。 「変態プレイとは心外だな、アートと言ってくれ」 「言っている意味が……?」 「葉の躰を花器にして、家元直々に花を生けてやろうと言っているんだ。官能的だろう?」  葉の腰から下へ淫らに手を滑らせるとキュッと筋肉が締まって、息を呑む音さえ聞こえてきそうだった。愉悦に下唇を舐める。本気で尻の穴を花器にするとでも思うのだろうか?いくら、独創性に溢れる佐草流とは言え、そんな品性を疑われるようなことをするはずがない。 「馬鹿だな、葉。髪に挿すに決まっているじゃないか」  そう言ってクスクス笑うと顔を赤くした葉は、 「……クソッ!」  してやられたとばかりに髪をグシャリと掴み、クッ、ククク……と愉快そうに喉奥で笑った。  箱から出されたカードは五十二枚。デックをバーカウンターの上でスプレッドする葉の手つきはマジシャンのように鮮やかで、何が始まるのだとザワザワし出したギャラリーに囲まれて俺はジョーカーを一枚、渡された。 「どうぞ」  それを、葉が背を向けている間に差し込めと言うのだ。  マットも敷かない狭いカウンターでのスプレッドでは寸分狂いなく整然ととは並ばないぶん、葉の方が不利だろう。それを引き当ててみせようと言うのだから酔狂な男だ。それに華道家の手先の器用さを見くびって貰っては困る。スッと滑り込ませて、少しの乱れもなく指先で整えると、わずかに視線を外しただけでもう自分が入れたジョーカーがどこに入ったか判らなくなってしまった。 「オーケー、葉」  ここからは心理戦だ。葉の長くて綺麗な指が触れるか触れないかの絶妙なところでカードを撫でていく。その間ずっと、俺から目を離さない葉に俺は眉一つ動かさなかった。不敵な笑みを浮かべる葉は気高く美しい……。 「う、そだろ……?」  ワァとギャラリーがどよめく中、俺だけが何が起こったのか解らずにジョーカーを眺めていた。 「……恐れ入ったね……」  タキシードやフォーマルスーツで(めか)し込んだペンギンたちが、これがSexの上下を争うナンセンスな勝負とも知らずにパタパタと拍手して葉の強運を誉めそやす。 「俺は最弱の運の持ち主と言うわけか……」 「おいおい、傷つくなぁ……。利光こそ最強の運の持ち主かも知れないぜ?」  王者とベッドを共にする栄を喜べと?何と不遜で、いっそ痛快な男だろう……。 「ハッ、しょってるね。どうして分かった?」 「観察眼には長けているんだ」 「成程……。ところで、葉。歳は幾つだ?」 「Sexするのに年齢(とし)が関係あるのか?二六だ」  歳、下……。歳下に……抱かれる?  軽い眩暈を覚えながらも、葉を躰の奥へ迎え入れるという恍惚とした独占欲の方が勝った。 「眼の色が変わった」  茶化されて享楽的な笑みが浮かぶ。 「待ちきれない」  俺の手を取った葉のせがむ眼とぶつかって、ドキリとした。 「……これから?」 「あぁ、俺の部屋でどうだ?」 「案内しろ」  バーカウンターを離れた俺にエスコートの手を伸ばしてきた葉は、小憎らしいほど手慣れたさまでパーティー会場を後にする。長い夜になりそうだ……。 「では、キスから始めようか」                  The end.
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