<第一話>

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 柳生幸児は思った。自分何でこんなところにいるんだろう、と。  不運続きとはいえ、自分の人生はそのへんのモブばりの平々凡々としたものであった筈だ。テストで順当に平均点を取り、塾の試験で偏差値50ぴったりをキープしつつ、先生には個性が薄いだなんて言われながらも特に問題児扱いされることもなく。  強いて言うならこの金髪がモブらしからぬものかもしれないが、なにも染めているからこの髪色なわけじゃないのだ。そもそもこの御花町(おはなちょう)は在日外国人が多いと有名な町である。少しくらい明るい髪色の奴が歩いていようがそうでなかろうが誰も気に止めはしない。  別に目立つ必要なんかない。目立ちたくもない。そのへんにいるモブで構わない。幸児はずっとそう思い続けてきた--中学校に上がるまでは。 「おらあああああああっ!」  どんがらがっしゃん、と派手な音を立てて鉄パイプの山が崩れる。モヒカン頭の、いかにも筋骨隆々としたその男が、罵声と同時に蹴り飛ばしたせいだ。彼の名前は“カツアキ”と言うらしい。らしい、というのは直接名前を聴いたわけではないからだ。本名など怖くて訊ける筈もない。  カツアキと出会って、幸児の運命は変わってしまった。主に悪い意味でだ。  御花中へ入学して早々、幸児はカツアキとその取り巻きにカツアゲされた。駄洒落ではない。何故モブの中のモブである自分なんぞに眼をつけたかは知らないが--とにかくその瞬間に、幸児の運命は決まってしまったようなものだった。  中学生とは思えぬ巨躯のカツアキは、この学校に転校してきたばかりの三年生だった。転校理由は前の学校で暴力事件を起こして教師を殺しかけたからだと専ら噂である。そんな男に、体育の成績さえ平均値を守っている幸児が逆らえるわけがない。入学以降一ヶ月、幸児はカツアキ達のパシリとしてこき使われる羽目になった。
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