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「おいコウ、これ何だよ」
亮太は墓の前に置かれているものを取り上げた。
「見りゃ分かるだろ」
「スノードームだってことは分かるよ」
「イタリア土産だよ」
「おまえ、もっとましなもの買ってこいよ。だからおまえは振られるんだよ」
「振られてないよ」
振られたほうがまだましだったか。
コロッセオにトレビの泉に真実の口。ローマの観光名所を無理矢理パッキングしただけのダサいスノードームだ。
軽く振って覗き込むと、寄り添ったローマの建物の上を雪がキラキラと舞ってゆっくりと落ちていく。
スノードームの中の世界は時が止まっていた。行くあてのないあの頃の気持ちが閉じ込められたまま。
「帰ろう」
亮太からスノードームをひったくって、墓前に供えた。
「なあ、コウ」
亮太が肩に手を回してもたれ掛かってくる。
「なんだよ、気持ち悪いな」
バランスを崩して、左足を踏ん張った。
「これから親父の店で飲みなおそうぜ」
「あの、きったねー店で飲むのかよ」
「海の家潰したところの息子に言われたくないね」
「店のメニューがずっと同じなんだよな。壁に張ってあるお品書きが黄ばんじゃうぐらいに」
「多くの常連さんに長いこと愛され続けたんだな。ヴィンテージ・メニューと呼んでくれ」
「あゆみちゃんにけいこちゃんにまゆみちゃん、綺麗だったなー」
「また、同じこと言ってやがる」
「結婚、か。おれたちも結婚するのかな?」
「そりゃあ、いつかはな」
「同級生が結婚して子どもが産まれて、なんかおれたちも大人になったもんだな」
その通りだ。これまでも、これから先も、僕たちは色々なものを手に入れて、色々なものを捨てて大人になっていくのだ。
「美咲ちゃん、綺麗だったな」
「ああ」
僕は、亮太の肩に手を回した。
「おまえ、やっぱりいいやつだな」
「なんだよ、気持ち悪いな」
真っ直ぐな道にさしかかった。
もうすぐ右側に海が見える。
アスファルトからの熱気が下から沸き上がって、暑苦しい。
でも、雲ひとつない空はとても青く涼しげで、何だか憎らしかった。
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