偽典-青は藍より出でて藍より青し

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 ある所に、藍色の生地を求める服職人がいた。大会に出す服とあって、生地の質、特に色合いを重視していた。  その地域の藍染で高名な染物屋は、有能な弟子が染めた青色の布で評判になっていた。服職人は染物屋に予約を取り、いそいそと商談に向かった。  その染物屋は狭い店舗から広い工場が見える形になっていた。工場には大量の桶が並んでいて、桶の中には深い藍色の水がいっぱいに入っていた。服職人は、「この色の生地が欲しい」と頼んだ。  染物屋の弟子は見本の生地を数十枚持って来た。服職人は生地を一枚一枚見定め、最後の一枚を見終えたところで、首を横に振った。 「残念ながら、これは藍色というよりも青色に近い」 染物屋の弟子は深く頷いた。 「実はその通りなのです。わたくしは青色を出すことには自信があるのですが、素材その物の色を出すことは、師匠がずっと長けています」  服職人は染物の仕組みがわからなかった。素材の色が出ないというのは、どういうことかと聞くと、染物屋の弟子が説明を始めた。 「布を染めた直後は素材その物の色をしています」 染物屋の弟子が桶の中から布を引き上げると、藍色の布が出てきた。服職人は感嘆の声を上げた。 「しかし濡れたままでは布は使えません。洗浄、乾燥、多くの過程を経ることで、わたくしは青色を出すことに成功しました。師匠は布を日陰干しにすることで、そのままの色を維持していました」  染物屋の弟子は工場の一角を案内した。窓に日よけを施した薄暗い中で、深い藍色の布が風に揺れていた。  それが決定打だったらしく、服職人は師匠が染めた生地を購入することに決めた。それから服職人はここまで案内してくれた染物屋の弟子に、生地を購入しなかったことにお詫びを言った。 「まだまだ師匠の染物が健在だとわかると、わたくしも張り合いがあります。きっと師匠も同じ思いだと思います」 染物屋の弟子は毅然とした様子だった。有能な弟子がいようと藍染を続ける師匠、その師匠あっての強かな弟子だ。 青は藍より出でて藍より青し(されど青は藍ならず)  弟子が師匠よりも優れていること。しかし、その師匠にしか出来ない業も、確かにあること。
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