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だんだん祭りの賑やかさが遠ざかると同時に、先程までのラムネで冷えた体温がじくじくと上がってくるように感じた。
名残惜しいのだろうか、なにか焦燥を覚え私は夕日の沈んだ直後の冷えきらない生暖かい空気の中、心臓の音がうるさい道をただ下を向いて歩き続けた。
首が痛くなってきた頃顔をあげると、薄暗い街灯の中に見慣れた家を見つけた。
どっと安堵が押し寄せ、ふぅと息をつき玄関を開けた。
誰も居ない家にひとり「ただいま」と呟き、荷物…と言っても財布と携帯とラムネの空き瓶程度なのだけれど。
ポケットから取り出し机に置こうとした時、そうだ、と思い立ちラムネ瓶だけを持ったまま台所へ向かった。
台所でラムネの瓶の蓋を開ける。
ラムネの瓶はペットボトルを開ける方向と逆に開けることで蓋を開けられるのだが、昔は其れを知らずに叩き割っていたこともあったと懐かしく思う。
双方のビー玉を取り出し洗うと、瓶越しで見るより遥かに輝いていて、美しい透明と、青の半透明のビー玉が並んだ。
透明なビー玉は表面がでこぼこなせいか逆さまの油絵のようで、ひどく人工味を感じた。
けれど光に当たれば反対側を照らして、透き通るような川だと思った。
青の半透明のビー玉は、まるで綺麗な海の中に居るような感じがした。
ぼやけているのもまた水の中で目を開けた時と似ていて、まるで小さな海をこの掌に乗せているような錯覚を覚えた。
しばらくこのふたつを眺めていてどのくらい経っただろうか、辺りはすっかり夜を迎えたその更に先の深淵へと入り込んでいる。
月夜だけが部屋を照らしているような夜を過ぎた真夜中、というのはとても不思議で、ただ本当に自分一人しかこの世に生きて居ないような感覚がする。
俗に言う「丑三つ時」に値するのだけれど、これはどうも深く夜を感じられるひとときであるけれど、それと同時に寂しいような穏やかなような感情がいっぺんに入り乱れる為、私は心臓の辺りを締め付けられた気がした。
そんな落花流水の如き夜に自身を沈めて、もう一度ビー玉をみやる。
何度見ても美しく、部屋の窓に翳せば夜闇に溶けてしまいそうな程に儚く淡い。
いっそ此の儘一緒に溶けてしまいたいとさえ思わせるそれに心が大きく揺れた。
すると、またなんとも言えない心臓を締め付ける想いが襲ってきたので、私はビー玉を袋に入れて枕のそばに置き、今夜限りであろう感情に身を任せて、眠ることにしました。
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