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「おい、翡翠」
丘の上に座り、山から郷へと入る道を見下ろしていれば、見慣れぬ牛車がのそのそと歩いてきている。
はて、都から来る官人の牛車は、いつも偉そうな装飾を構えていたと思うのだが、その牛車はやけに簡素な出で立ちだった。たまたま時期が被っただけの、通りがかりの旅人だろうかと翡翠は推測する。さらに西方の郷より都へ上がる為に、ここの郷を通過していく旅人は少なくない。
「おい、翡翠。無視をするな」
「あぁ、兄上」
ハッとして、翡翠は顔を上げる。そこには兄の葵入がいる。彼は怖い顔をして翡翠を見下ろしていた。
「お前、もしや、自分が花を貰えると思っていないだろうな?」
葵入は今年花を貰えなければ、都人になることは出来ない。都人になって宮殿で働くのは万人の夢である。葵入の顔には妙な緊張が滲んでいる。
「まさか、兄上。僕が頂くくらいなら、兄上が頂くに決まっているでしょう」
「……お前のその、見透かして馬鹿にしたような話し方は好かん」
「馬鹿になど」
「煩い」葵入は吐き捨て、丘から牛車を見下ろす。「あれか? いつもより到着が早いな」
「いえ、あれは違うでしょう」
「引き続き見ていろ。官人がやってきたら一番に知らせることだ。真っ先に出迎えて差し上げねばならぬ」
「……」
葵入は立ち去っていく。翡翠は自分の膝に片肘を付き、漫然と道を見下ろしていた。
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