68人が本棚に入れています
本棚に追加
郷の広場に元服した少年たちが平伏する。その前に、官人が立ち、述べる。
――この郷で最も美しいものを掲げよ。
今年の題は、それであった。
のっぺりした顔に、やたらと長い烏帽子を被った官人が、ひょろひょろとした声でそう言ってのけるのを、翡翠は平伏しながら聞き、怪訝な気持ちになった。
美しいものを掲げよ。つまり、郷の中で一番美しいものを用意して、見せてくれ、ということだ。
この試験は官人の暇つぶしの娯楽に過ぎないと、翡翠は心の片隅で思う。
――明朝、太陽があの山より上がりし時を、花送りの時とする。
官人はそう告げ、踵を返す。つまり、明日の朝までに「この郷で最も美しいもの」を用意しろ、ということらしい。
官人がこの郷一番の宿に入っていくのを見て、郷の豪家の主人たちがぞろぞろと後を付いていく。ここからは賄賂合戦だ。昼間っから酒を飲みかわし、気持ちの悪い甘い言葉を吐き合いながら、金と物を積んでいく。
周囲にいる少年たちが、ほぼ同時にお互いを睨み合い、ぱっと蜘蛛の子を散らすように解散し、駆けだしていく。口々に美女はどこだ叫んでいる様子を見れば、どうやら美女を奪い合いにゆくらしい。葵入も、血走った眼をしながら、瑛家の屋敷に数人の少年と共に飛び込んでいく。
翡翠は欠伸をして、立ち上がり、のんびりと川向こうへ歩いた。
最初のコメントを投稿しよう!