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川向こうには百姓の家が集まっていて、花送りには関係あるまいとせっせと農作業をしている。橋のかかった川一つ挟むだけとはいえ、豪家や商人たちと、百姓の間柄は薄い。もちろん食材などは百姓から得ているが、日常的な関わりはほぼない。
ふと、翡翠の目に、とびきり美しい百姓の娘が目に入る。
翡翠は彼女に興味はなかったが、良心が痛み、そそと近づいた。
「あの、済みません」
いきなり話しかけられ、彼女はぱちくりと瞬きをする。
「あら、豪家の御方が、私に何か? 花送りで何か必要なものがあったのでしょうか?」
「今年の花送りの題は、『この郷で一番美しいもの』です」
「はぁ……それが何か?」
「もうしばらくしたら、あなたを借り受けようとたくさんの人が来るでしょう。関わると面倒なことになります。気分が悪いと言ってどこかに隠れているのが良いと思いますよ。乱暴に連れていかれたら、ご家族も心配なさるでしょう」
「あら……そうなのですか」
彼女は驚いたように目を丸くし、それから深々と頭を下げた。
「それはありがとうございます。私、実はお腹に赤子がおりまして、安静にしていなければならないのです。乱暴に巻き込まれたら危険なところでした。お言葉の通り、隠れていることにします」
「そうですか。赤子が……あぁ、なるほど。ところで、最近、赤子が生まれた家はありますか?」
「赤子ですか? えぇ、あそこの家の子が。ほら、あの道の端で泣いております」
「ありがとう」
「こちらこそ。お優しい方もいて助かります」
彼女は嬉しそうに微笑む。
翡翠は会釈し、赤子とその親の方へと近づいて行った。
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