青花送り

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 その声に、思わず翡翠は顔を上げる。見れば、官人の背後に、あの簡素な牛車が止められていた。  牛車から、青く染め上げられた絹衣を纏った美少女が歩み出る。それは早朝出会った、あの少女だった。 「な――な――」  官人が口をぱくぱくと開閉させる。 「なぜ……なぜこんなところに……!?」 「――自由は美しい。私もそう思う」  少女はそう言いながら、勝気に微笑む。呆気に取られている官人の手から青い花を奪い取り、青い花のような恰好をした少女は、翡翠の前で足を止める。そしてその強気な笑みのまま、平伏する翡翠を見下ろしてくる。 「しかし、自由を美しいと思うのは、自由を手に入れられない人間だけだ」 「――」  翡翠は答えない。  少女は、青い花を、翡翠の目の前に置いた。 「何も持たぬ者。私と共に来るがいい」  すると、弾かれたように、隣にいる葵入が叫ぶ。 「お、お前は何者だ! 儀式の邪魔をするなど、なんて無礼な……! 斬首刑だぞ!」 「馬鹿者!」慌てたように官人が叫ぶ。気が付けば、彼も平伏していた。「その方は、その方は――」 「ほう、斬首か。面白いことを言う。ただし、それならば、先に首を切られるのはお前だぞ」  少女は笑みを崩さないまま、葵入に答える。 「主上の娘に向かってその口の利き方は美しくあるまい。弟の案を奪い取り、花をもらって満足か? とはいえ、お主のような下賤な男、宮殿には腐るほどおるわ。拒みはせぬ。ただ、私の視界には二度と入るな」  主上の娘――つまり帝の姫君。この国の、姫。  翡翠は絶句した。正直、そんな馬鹿な、と引いていた。  少女は笑う。その周囲で、官人も、官人に仕えていた人々も、みな、一様に平伏している。この場にいる誰もが、彼女に頭を下げている。  紛れもない、本物の姫だ。 「お前、名は?」  姫は静かに問う。翡翠は頭を下げ、答えた。 「翡翠」 「翡翠。私と共に来い」 「――御意」  翡翠は、声の震えを抑えながら、静かに、応えた。  ――目の前で、青い花が風にあおられ、僅かに揺れていた。                                 青花送り (終)
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