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何やら人の名前を連呼しているらしい。棒読みのアクセントの無い発音ながら、その声は彼の住む五階からでも、何故かはっきりと聴きとれた。
「イサヤマリョウイチサン」「イサヤマリョウイチサン」
(この真夜中に人の名前連呼して歩くって……一体何のつもりだ?)
中原は窓に駆け寄ると、カーテンを引き開けて下の歩道を見下ろした。
と、その瞬間。
「イサヤマ…」
一瞬連呼が止まった。
彼の部屋の丁度真下に一人の人物が立ち止まって、じっとこっちを見上げている。
グレーの大き目のコートに覆われた体形からは、何の特徴もつかめない。頭からすっぽり被ったフードに隠された顔も、夜の闇にも紛れて完全に真っ黒で何も見えない。性別さえも判らない。
それでもそいつがこちらをじっと見つめている、ということは直感的に感じた。中原は慌てて窓から飛び退いた。
「イサヤマリョウイチサン」「イサヤマリョウイチサン」窓の外では再び連呼が始まり、ゆっくりと遠ざかって行く。辺りはすぐに静かになり、とりあえずほっとした中原はそのままベッドに入った。
翌朝、いつもの習慣で昼過ぎに起きるとすぐにテレビをつけた。お昼のニュースが始まっている。まだ起き抜けの頭でぼーっと画面を眺めていると、交通事故のニュースが流れていた。
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