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中原はソファに寝転がったままのだらしない体勢で、二本目のロング缶を開けていた。あの声が聞こえてこないうちに、酔っぱらって寝てしまおうと考えたのである。
だが、なかなか酔えない。妙な緊張感で眼が冴えてしまって、普段は缶ビール一本で十分気分よく酔える彼が、いくら飲んでも酔えないのだ。テレビはもう見ないことにしてとっくに消してあるが、時計はもう12時を回っている。
(くそ!全然酔えやしねえ!)
苛立った中原が三本目に手を出した時。
「……サン……サン……サン……サン……サン……サン」
あの声が聞こえて来た。
「……リサン……コサン……ロウサン……シコサン……ウスケサン……サン」
何やら物凄い早口で喋ってるようだ。
そして今日は昨日よりもスピードが速いらしい。すぐに人名が明瞭になって近づいてくる。
「イトウカツノリサンヨリイクミコサンキタガワカズヨシサンハタケヤマリョウスケサン……」
(嫌だ。もう絶対窓の側には行かないぞ!)
ソファーに座ったまま、中原が両手で耳をふさごうとした時。
「キキィーッ!」
夜のしじまを破って甲高い異音が鳴り響いた。その異様な音に、中原は思わず窓際に駆け寄って、何事かと下の歩道を見下ろしてしまった。
自転車が一台停まっている。それに跨ってこっちを見上げているのは、まぎれもなく……
(あいつだ!)
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