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なんだ、ガキかよ。
気が抜けて、ホオッと深く息を吐いた。
「おいおい、おどかすなよ」
よく見ると、こんな夜中だというのに、きちんと袴までつけている。
「おじちゃん、何してるの?」
ガキがもう一度くりかえした。
「お兄さんは、お仕事で忙しいんだよ。坊は、ひとりか? 厠に行きたくて起きちゃったか?」
夜中にしょんべんに立つだけでも着替えさせるのか。お武家ってのは、よっぽどしつけに厳しいんだな。
そのわりに、この俺をおじちゃん呼ばわりするなんて、口のきき方はなっちゃいねえが。
頭を撫でてやっていると、ガキは俺の手首をつかんで引っ張った。
「おじちゃん、一緒に来てよ」
「お兄さんな、いま忙しいんだよ。厠の付き添いなら他に頼みな」
手を引っ込めようとした。けれど、ガキはどんどん強く握りしめていく。
「おじちゃん、一緒に来てよ」
「いてて、痛えよ」
小さな指が、手首の骨までくいこみそうだ。引っ張る力も強くなっていく。
俺は踏ん張ってこらえていたが、次第にズリ、ズリと引きずられはじめた。
やばい。
「おい、腕が抜けそうだ。離してくれよ」
機嫌を取ろうと優しく言ってやるが、ガキは力を緩めない。
頭の中で、手首が砕けるイメージがちらつき始めたときだった。
ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン。
金属がぶつかり合うような音が近づいてきたかと思うと、目の前の角から鎧を着こんだ武者が現れた。
一人、二人、三人……。
いずれも兜の陰になって顔は見えないが、ある者は背中に折れた矢が刺さり、ある者は破れた旗を背負っている。その出で立ちはまるで、合戦場に転がる屍のようで……。
「お、落ち武者の亡霊だあぁーっ!」
武者たちは続々と現れると、俺を取り囲んだ。
さすがの俺も、とうとう腰を抜かしてしゃがみこんでしまった。
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