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私はあれから客を取る気になれなかった。それ故に芸事に集中したいと言う言い訳をして床入りを拒否し続けていた。三味線の先生も「あんた筋があるねぇ」と言ってくれるぐらいだった。このままちん・とん・しゃんと言う人生を過ごすのも悪くないと思えるようになっていた。その間にも身受けの話は何度かあったがこの全てを断っていた。とある日に私は番頭と受付で立ち話をしていた。
「また身受け断ったのかい? 噺家の先生や京都風の旅籠の女将さんから三味線の腕を買われたんだったらもう身を削る事も無いじゃないか」
「待っているのでございます」
「待ってるってあの川喜田殿をか? やめとけやめとけ、幕府の剣術指南役なんてお方が陰間の身受けなんてする訳がないじゃないか」
初めて川喜田の相手をした日に言われた事であった。川喜田が身受けなどに来るはずが無いことは承知していた。だが何故か彼を待ち続けたいと思っていた。
「それはそうと、お前最近床入りしてねぇから周りの評判悪いぜ」
私の評判はあれから地の底に落ちていた。私の事をよく指名する明庵が来たとしても床入りをする事は無かった。こんな事をご主人が許す訳ないと思われたが結論としては許されていた。聞いた話によるとこの前のお伊勢参りの時の代金にイロを付けたとの事だった、別にご主人がふっかけた訳ではなく川喜田の方が代金を自分から多く払ったのだ。その代金は私の身受けにかかる料金を遥かに超えていたらしい。それ故に私がする我儘を甘く見てくれているのだった。
「ここの陰間達に嫌われようと別にどうとも思いませぬ」
「冷めてるねぇ」
こんな話をしているとご主人様が私達に近づいてきた。それをみて番頭は慌てて客名簿をペラペラと捲り始めた。
「何油売ってるんだいあんたら」
私はため息をつきながら三味線の稽古をしようと思い自分の部屋に戻ろうとした。踵を返した私にご主人様が言った。
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