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年の頃が十六になろうかと言う時、手を引かれて江戸の花街に足を踏み入れた。これまでとは全く違う暮らしとなることが不安で押しつぶされそうになった。だが、手を引く鯔背な姿をした人買いにとってはそんな事は知ったことでは無い。
私が売られた陰間茶屋の主人は蟾蜍(ヒキガエル)をそのまま人にしたような老婆であった。その老婆は人買いの横にいた私を舐め回すように眺め品定めをした。
「あんた、こんな子供どこで攫って来たんだい?」
陰間茶屋の主人は訝しげな顔をしながら人買いに尋ねた。すると、人買いはこれまた訝しげな顔をしながら言った。
「おいおい、失礼なこと言いなさんなよ。山奥の村で拾ってきたんでぇ」
陰間茶屋の主人は軽く舌打ちをした。
「なんだい、タダで仕入れてきたものをあたしに売ろうってのかい、あんた悪い奴だねぇ、死んだら大焦熱地獄にまっしぐらだよ」
「フン、テメェみたいなガキに体売らせる店やってるくせによく言うよ、一緒に大焦熱地獄まっしぐらだよ」
「すまないねぇ、この前吉原で禿(かむろ)買ったって聞いたよぉ、毛も無ければ胸もないようなネンネを抱くような奴は悪見処で止まるだろうよ、大焦熱地獄にはあたし一人で行くよ」
「ケッ! 口の減らねぇババアだ」
人買いは陰間茶屋の主人に手を差し出した。彼女は舌打ちをしながら目配せをした。すると、部下と思われる恰幅のいい男が小さな袋を持って現れた。彼女がその袋を手に取った瞬間に「ジャラジャラ」と音がした。何度か聞いたことがある小判と小判がぶつかる音であった。袋の紐を開けて彼女は一枚の小判を取り出して、差し出されている人買いの手の
上に乗せた。
「おいおい、一両だけかよ。山奥まで歩いた路銀にもならねぇよ」
「うるさいね、タダで持ってきたもんに多くは出せないよ! 顔洗って出直しておいで!」
陰間茶屋の主人は袋の紐を閉じた。本当に一両以上は出すつもりが無いようだった。
「これで一晩数両で売るんだろ? 全くいい商売だぜクソババア」
「とっとと帰りな! あたしゃ忙しいんだよ」
人買いはこれを聞いた瞬間に諦めた。割に合わない仕事をしたもんだと不満に思いながら私の頭を優しく撫でた。
「じゃあな、これから頑張れよ」
人買いは肩を揺らし歩きながらその場を去った。
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