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「剣術指南役の川喜田剣之介様より呼ばれました」
数刻もしない内に番方の確認が終わり、江戸城内に入った。通された先は広めの台所であった。そこでは女中数人が忙しそうに走り回っていた。何故に台所に通されたのだろうか、そんな事を考えていると台所の戸が開いた。川喜田が迎えに来たのかと嬉しく思った。だが、川喜田ではなく黒川であった。私はその瞬間にこの世が終わるかのような絶望の気持ちに変わるのだった。
「毎度」
「黒川殿……」
「この前は良かったのう、最近は城での仕事が忙しくて茶屋に行けぬから呼ばせて貰ったよ」
「あの、川喜田様は」
「ああ、あいつなら来ないよ。儂があいつの名前を使ってお前を呼んだからな」
私の表情は一気に絶望の様相を見せた。
「ほう、あいつに逢えないのがそんなに悲しいか。だがな、今日は仕事だけはしてもらうぞ」
「また、川喜田様の前で……」
「いや、今日は儂とちぃーと話をするだけで良い」
台所の近くにある黒川の部屋に通された。幕府の重役の部屋にしては質素そのものであった。八畳程の部屋に行灯と机が置かれており、隅には布団が積まれていた。私は敷かれていた座布団にそっと座った。
「それで、話とは」
「お前の事を調べさせて貰った。村を山賊に滅ぼされたそうだな。お前をあの茶屋に売った人買いを態々探し当てて洗い浚い吐かせたよ」
「確かに私はあの村の生き残りにてございますが、それが何か」
「人買いはお前の事を話した後に面白い事を言っておったよ「この話をするのは二度目でございます」とな」
「二度目?」
「一番始めにしたのは幕府の者に対してとも言っておったな」
「誰にしたとかは聞いていたのですか」
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