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その時、襖が凄い勢いで開けられた。
「まさか日和るとは」
柏手を打ちながら黒川が朝顔の間に入ってきた。柏手の音が朝顔の間に響く。
「く、黒川殿」
「あの村の真実を教えれば多摩の田舎侍を消せると思ったのに、日和おってからに…… 心も体も締め付けた相手を刺客にするのは無理だったわ」
「まさか黒川殿に真実を聞いたのか国松」
私は黙って頷いた。
「しかし、傘連判状を持っていた儂を一片も疑わない馬鹿のくせに最後は日和おって」
言われてみればそうだった。何故に傘連判状を出してきた黒川を疑わなかったのか。傘連判状を持っていた時点でそいつが何かしらの関与をしていたのは明らかだったのに。見せられた時点で冷静に考えていれば分かった事だったのに。私はなんと馬鹿だろうか。
「あの村を直轄地にする交渉は儂が任されておったのだよ。ところが村が長(おさ)始め皆拒否するものだからならば皆殺すしかないと思ったのだよ。殿は奥州平泉と佐渡金山だけで十分とは吐かすが、もっと欲しいじゃないか」
「なら、傘連判状に名前が書いて無かったのは」
「あんな人を斬る証明に名前なぞ残せるか。見聞役のついでに人斬りには参加していたがな」
黒川は腰の大小を抜いた。両方の刀を逆手に持つ今まで見たことの無い構えをした。それはまるで威嚇するカマキリを思わせるものであった。
「外法剣術、蟷螂」
「知っておったか、川喜田」
「蟷螂の斧の様に構えて振り下ろす動きを基調とし、その振り下ろす刺突で相手を殺すことのみを目的とした剣術界の中の恥さらし、まさか黒川殿が……」
「我家は京都で剣術道場をしておってな、外法故に皆伝こそ受けていたが使う機会が無くてな。だから田舎流派でも指南役をしている川喜田が嫌いで嫌いでたまらなかったんだよ」
「黒川殿、私の母と姉は喉に大小を刺されておりました」
「ああ、それ多分儂だわ。この蟷螂の止めの型は相手の急所を一突きにする事を極意にしとる。まだ息がある奴の喉に刺して回ったわ、無抵抗な者を斬り刻むのもやったがな」
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