夢の中より現ずるもの

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次の瞬間、眼前に生じた光景を、誰が予想し得ただろう。 私達は、窓際のボックス席に陣取っていた。 その右側の大きなガラス窓に、少女が貼り付いている。 年の頃は、小学生位だろうか。 手足をべったりと広げて、巨大なヤモリの様にガラス窓に貼り付き、愛らしい筈の顔立ちを厭らしくにやにやと歪めながら、私とH美さんを見降ろしていたのである。 先程の重低音は、少女がガラスに体当たりした音だったのだ。 よく怪談話で、幽霊や異形が現れた時、悲鳴を上げたり、腰を抜かしたという表現が見られるが、あれはあまり正確ではない。 実際には、十数秒間、思考が停止してしまう。 突然の予想外のバグに対して、脳髄が情報修正に要する時間だと考えている。 この瞬間が、正にそうだった。 私も彼女も、硬直したまま、動く事すらままならなかった。もしも相手に殺意があったのなら、この瞬間にあっけなく殺されていたのではと今でも思っている。 少女は逆光線の高みから、私達二人を舐めつける様に見渡すと、満足したかの様にガラスから離れ、そのまま姿を消した。 恐ろしく長い時間が経過したような気分だった。 ふと我に返って視線を逸らす。 ありふれた日曜日のランチタイム。店内は明るい光に溢れ、大勢の人間の談笑する声や気配で賑わっている。隣のボックス席で話に盛り上がるママ友集団。デート中らしい若いカップル。ドリンクバーで飲み物を淹れている中年男性。
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