0人が本棚に入れています
本棚に追加
るだろと、ツンと飛び出た山羊の足のよなちょっと頼りない枝につかまり、ゆさぶってみてはなかなかどうしてしっかりしてるのを確かめて、それで腰を落としてえいっと跳ねたら足はとたんに空を踏んで、ひいっと息を呑み込んで……、ひいっと息を呑み込んで……。
ひいっと息を呑み込んだ。
ところ。
まで。
ひゅるるるっと。
空が縮まってゆくのを見た記憶は、ある。
枝が裂ける音も、聞いた。ありありありっと叫んだ男の声も耳に残っている。
そのあとを、まったくおぼえていなかった。
落ちたのか、あの松の木から落ちたのか。
何度か記憶をあらためてみたが、やはりそのようだった。
それでこんなにあちらこちらと痛いのか、でもなんでこんなところにひとりで寝ている、どこだここはこの暗闇は、鶴はどうしたみんなはどうした。
「おうい、あががが。誰がな、助しきて呉れえ。動からんどぉ。あっかっか」
胸が痛んで叫べない。動かない足を放りだして坐ったまま、次郎はかんがえた。あれから、もうだいぶたっているような気がする。だが、もしかするとちがうかもしれぬ。
子どものころ、一度気を失ったことがあった。
最初のコメントを投稿しよう!