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到底かなわぬとおもいながらあきらめきれずにいた。幼いころから好きだった鶴に、ようやくこころを決めて想いを告げた、あのときの、あの夢だった。こころもちがすっとした。甘い夢をまた反芻できるうれしさに、次郎は目をつむったままほほ笑んだ。
砂浜のゆるい丘の上に、鶴とならんで坐っている。はしゃぎ疲れてあとのゆったりとした風がふたりをとおり過ぎて、海のおもてを輝かせて撫で渡ってゆく。慶良間の島々が遠く霞む水平線のあたりから、空はその青さをだんだんと濃くしながら、ふたりにおおいかぶさってくる。
北へむかう薩摩船の帆が、もうだいぶ小さくなった。
次郎はその場であおむけに寝ころんだ。
背中の砂が温かい。太陽がまぶしい。手のひらをかざして、指の端からとなりに坐る鶴の背中を、そっとのぞき見た。
白いうなじに鬢のおくれ毛が風にそよぎ、耳たぶが陽の光に透けて、月桃のつぼみのように見えた。
「鶴よ」
次郎の声に、鶴は一瞬、肩を震わせただけでみじろぎもせず、少ししてから静かにこたえた。
「何やいびーが?」(何でしょう)
ここちよい鶴の澄んだ声が、今日はこころに刺さるよう。砂に挿してある阿檀の葉で編んだ風車が、ときどきクルクルとまわっては、止まった。
鶴が待っているのが、わかる。わかるけどいいだせない。もうのど元までその言葉は出かかっているのに、いおうとしたとたんに胸がぎゅっと苦しくなって、なんだか哀しくなる。
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