再生の断片

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 満開の桜が若葉に変わり、日に日に緑が鮮やかさを増す。校庭の片隅にぽつんと生えるその木を、みきはいつも横目で眺めながら昇降口へ向かう。教室へ続く階段に足をかけると、胃の奥がきゅっと縮む。その度に夏休みではなく普通の日に休みたい、と思う。夏休みなら誰も学校に来ないからだ。みんなが学校へ来る間は今度はみきが休む。そうすれば少しは楽になるのに、と。それでも毎朝、足は機械のように前へ進んで学校へたどり着いてしまう。行きたくなくても、他に行くところなど思いつかない。ゴム底の上履きがつやつやとした廊下に擦れて音を立てる。五年三組のプレートの下で音が止む。  ドアに手を引っかけてスライドさせるとがらがら、とやかましい音が響いた。朝の静けさの中、この音は毎日変わらずみきがここにいることをばらしてしまう。教室のざわめきが視線と共にみきに押し寄せ、すぐに何事もなかったかのように引いていく。だが安心してはいられない。海の底にわだかまるひそひそと耳打ちしあう声が蛇のように、みきの足下まで這ってくる。 「あれー?イケガミさんじゃん、おはよー」  男子生徒が一人近づいてきてみきには十分すぎるほど大きな声を上げる。イケガミ。池上。ああ、わたしのことか。みきは口を開こうとしたが動けない。そのまま固まっていると、あちこちで吹き出す声やくすくす笑う声が上がった。 「無視かよ、感じ悪くね?」  みきは肩を竦ませた。このドアさえ静かだったなら、と思わずにはいられない。自ら入った檻の中でうつむくと、別の男子生徒がどんっと肩をぶつけながら通り過ぎていき、足がたたらを踏んだ。見たこともない生き物を見るような目と、目が合った。 「あ、ごめーん、影薄くて見えなかった」 「なんだそれ、うける」 最初に声を発した男子生徒の子分的存在は、用もないくせに悪ぶって廊下へ出ていく。狙っていたのではないかと思うほどタイミングよく、教師の声が響いた。 「こらー、何してるんだ。もう着席の時間だぞ」  ホームルームが始まる五分前には生徒は着席しないといけない。規則にも関わらず、守らないのは単に目立ちたがりで、自分はここまでやっても大丈夫だと周りに自慢しているように見える。そのような生徒を叱る時の先生は表情が明るく、どこか楽しげだ。お調子者で、明るい生徒のことは先生も好いているからだろう。
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