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音楽はシンバルのような音が小刻みに風のように響き、ピアノとギターとトランペットのような音が絡み合った不思議な感じの曲だった。みきは何となく、男の人は音楽に紛れて消えてしまったのだと思った。
それが生まれて初めてのカフェでの出来事だった。学校を休まない理由が一つ増えた。その秘密基地へ行くためには、こっそりランドセルの奥にお小遣いを忍ばせておく必要があった。この学校で自分しか知らない。そこに逃げ込みさえすれば、嫌な気持ちを少しの間忘れることができる。底に押し込めた重りがコップの縁から溢れそうになる度、足を向けるようになった。
その日、「自分の意見を持ちなさい」と担任のシオタ先生は言った。週に一度の学活の授業が話し合いの時間に充てられるとき、先生はそう呼びかける。議題は修学旅行の班分けで誰が各班の班長に相応しいか決めるというものだった。班は全部で五つだったので、クラスから五人の班長を選出し、賛成の者に手を上げさせる。過半数であれば班長に決定、少なければ別の人物を再度選出する。
みきは議長を務めるその日の日直の司会に従って手を挙げればいいと思っていた。だが、黒板に記された班長候補の中に「ハタケヤマシンヤ」という名前を見つけてはっとした。
「では、次に三班の班長に畠山くんが相応しいと思う方は手を上げてください。」
議長のヤマダタカユキの呼びかけにクラスのあちこちで手が上がった。みきは動けなかった。「ハタケヤマシンヤ」はみきを突き飛ばす生徒の一人だったからだ。
「一,二,三,四。」
ヤマダが端から挙手の数を数え始める。みきの席は窓側から一列内側の後ろから二番目だ。「五,六,七,八。」
(いきなりすごい音がしたと思ったら池上さんじゃん)
賛成の数は増える。足音は一歩ずつ近づいてくる。今のところ一人も反対していない。まるでまじめな生徒のように数を数えるヤマダの声も、先生は知らないだろう別の言葉に取って代わる。
(あ、ごめーん、影薄くて見えなかった)
「九,十,十一,十二。」
手は机に置いたままだった。直前でぱっと手を上げる生徒が目に入った。心臓が体の内側を殴るように脈打っている。みきは机に乗せていた手の平を無理やり引きはがし、前に向けた。俯いたまま、誰とも目を合わせることなく。
「十三,十四,十五,十六。」
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