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ペースを乱さず、淡々と数えるヤマダの視線が自分の頭上を通り過ぎていく。十三番目だった、気がする。私は、とんでもない間違いを犯したのかもしれない。心臓の音は相変わらず、どん、どんと響き続けている。
自分の意見を持ちなさい。頭の中で先生の言葉を反芻した。自分の意見とは、何だろう。周りと違う意見を持てということだろうか。でも自分以外の人間がすべて賛成している中で唯一人、反対意見を主張することはみきにとって酷く愚かで恐ろしいこととしか思えなかった。私は私の尊厳を自分の手でだめにしてしまった。
ぼうっとしたまま放課後を迎え、学校を出た。空が明るい青色と、透き通った炎のような橙色と、深い紺色に分かれている。今は何時だろうか。帰り道の途中に電気屋さんがある。奥にかかっている壁掛け時計を確かめて行こう。五月が過ぎようとする今、夜は少し肌寒く、歩きながらカーディガンのボタンを留めた。喫茶店へ続く角を曲がると、窓から漏れる明かりが星のように浮かび上がって見えた。
くすんだ金色の、馬のしっぽのような形のドアノブをゆっくりと引く。からん、とベルが鳴る。沈みかけの太陽が照らす薄暗い店内は、ため息すら吸い込んでしまうほど静かだった。ドアを後ろ手で閉める。テーブルはどれも無人だが、くの字に曲がった不思議な形の台の向こうにはいつも同じ人物が座っている。
「いらっしゃいませ。あら、みきちゃん、またきてくれたのね」
本を閉じてゆっくりと縁なし眼鏡をはずしながらゆきは微笑んだ。みきは、「こんばんは」と挨拶をしながら、いつもなら軽くなる気持ちが今日はまだ泥のように沈んだままのことに戸惑った。
みきの定位置は初めて訪れたときから変わらず隅っこの本棚に一番近い席だ。棚の中に読んだことのあるシリーズが並んでいるのを見つけて息をのむ。みきが読破した巻だけでなく、続刊までそろっている。読んでもいいだろうか。逡巡していると、ゆきがお盆にカップを乗せてこちらへやってきた。
ゆきはいつものココアをテーブルに置くと、ちょっと用事があるから、とカウンターの奥へ姿を消した。
胸にわだかまるもやもやを晴らすにはどうすればいいのかみきには想像もつかなかったが、目の前のココアを飲んだら何とかなるかもしれない、と少しだけ期待した。重みのあるマグカップを握ってゆっくりと啜る。
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