押し上げた部長の高み

10/18
前へ
/18ページ
次へ
辞令が出て、僕は秘書室に配属され、現・秘書の竹内さんから業務の引継ぎが始まった。 「卓屋部長の部下と聞いたから安心だ」 社長には好印象を与えたみたいだ、卓屋部長のおかげだな。 これは顔に泥を塗る訳にはいかない、本腰入れないと。 「失礼します。営業部の卓屋です」 あ、卓屋部長。 「社長、おはようございます。今から出張に行ってまいります」 今朝も清潔感のある身だしなみだな。表情も穏やか。凛としてる。 あれ、鞄とキャリーケースを引いている。長期出張かな。何処へ行くの? 聞いてない。 しまった、僕はもう部下じゃないんだった。 途轍もなく寂しい、どうしよう。決心が揺らぐ。 「頼んだぞ。ああ、下鳥くんを預かるから」 「はい。よろしくお願いします」 えー。もうお出かけですか? 「下鳥」 「はいっ?」 あらこんなに背が高かったっけ。見上げても遠く感じるな。何だろ、距離が……。 「しっかりな。あと夜は冷えるから、寝るとき気を付けろよ」 微笑むなんて。 あなたそのやさしさが残酷です。涙が滲んできた。でもこんな顔見せる訳にいかない。 僕は卓屋部長の元・部下だから、あなたに恥はかかせられない。堪えてやる。 「じゃあ、行ってきます」 上着の裾も乱さずに背中を向けた、いつもならこの背中について歩くのに。 置いて行かれた。 卓屋部長が、1人で行ってしまった。 僕がついていかない。ついていけない。そんな日が来たんだ。 あなたがいない場所で、僕は1人で頑張るしかないんだ。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

111人が本棚に入れています
本棚に追加