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辞令が出て、僕は秘書室に配属され、現・秘書の竹内さんから業務の引継ぎが始まった。
「卓屋部長の部下と聞いたから安心だ」
社長には好印象を与えたみたいだ、卓屋部長のおかげだな。
これは顔に泥を塗る訳にはいかない、本腰入れないと。
「失礼します。営業部の卓屋です」
あ、卓屋部長。
「社長、おはようございます。今から出張に行ってまいります」
今朝も清潔感のある身だしなみだな。表情も穏やか。凛としてる。
あれ、鞄とキャリーケースを引いている。長期出張かな。何処へ行くの? 聞いてない。
しまった、僕はもう部下じゃないんだった。
途轍もなく寂しい、どうしよう。決心が揺らぐ。
「頼んだぞ。ああ、下鳥くんを預かるから」
「はい。よろしくお願いします」
えー。もうお出かけですか?
「下鳥」
「はいっ?」
あらこんなに背が高かったっけ。見上げても遠く感じるな。何だろ、距離が……。
「しっかりな。あと夜は冷えるから、寝るとき気を付けろよ」
微笑むなんて。
あなたそのやさしさが残酷です。涙が滲んできた。でもこんな顔見せる訳にいかない。
僕は卓屋部長の元・部下だから、あなたに恥はかかせられない。堪えてやる。
「じゃあ、行ってきます」
上着の裾も乱さずに背中を向けた、いつもならこの背中について歩くのに。
置いて行かれた。
卓屋部長が、1人で行ってしまった。
僕がついていかない。ついていけない。そんな日が来たんだ。
あなたがいない場所で、僕は1人で頑張るしかないんだ。
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