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「はい。秘書室の下鳥です」
『営業部の卓屋です、お疲れ様』
あ、卓屋部長だ!
僕が秘書室に配属されてから直に長期出張に出られたが、久しぶりに声が聞けた。
「お疲れ様です」
『下鳥。社長は明日、午前中は社内かな?』
「明日の午前は来客がありますので社内におられますが、急用でしたら取り次ぎますけど」
『いや? 社長がいないほうがいいから。また今度にする』
何ですかね。
『午後は俺が外出だからな。また聞くよ。じゃあ失礼します』
うわ。
「卓屋部長! あの、お変わりありませんか?」
『……元気だよ。お気遣い感謝する。下鳥は元気そうだな。良かった、頑張ってるな』
「ありがとうございます」
『活躍は聞いてる。流石、準1級の資格保持者だ。社長から連絡が入って、喜ばれた。おまえを推薦した甲斐がある』
違うでしょ。
そうじゃないですよね、でも縋ったらいけないんですよね?
これでも、あなたのために随分、背伸びしているんです。
迷惑かけたくないから務めているんです。これしかあなたにご恩を返す手立てが僕には見つからないから。
『どうした?』
「いえ、すみません。久しぶりに声が聞けたので感極まりました」
あ。
口を滑らす正直な自分が恥ずかしい。消えたい。
『あのな。声だけでいいならいつでも聞かせる。それが支えになるなら惜しまない。泣くなよ?』
見抜かれてるし。
これ、秘書室の固定電話なのに画面も通じるのか? どうなってるんだ。
「すみません」
あ、声が曇った。
『……辛いか?』
「そんな事、ありません!」
もうこれ以上、聞いていたら駄目だ。泣く。
好き過ぎて、想いが溢れてしまう。
でも駄目だ、迷惑かけられない。堪えないと。こんな高いところまで導いて貰えたのに。
ここじゃなくても良かったなんて贅沢言えない。
部下が良かったなんて我儘言えない。いつまでも甘えが利く年じゃないし学生でも無い。
この壁を越えなければ導いて貰えた意味がない。
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