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え、1人じゃないって言われても殆ど秘書室で1人なんですけど。何か勘違いしてないか、社長室はこの奥なのに。それに社長がいても特に世間話もしないし、打ち合わせ程度だ。1人ですよ。
卓屋部長が姿勢を正して上着の襟も直した。いつもの凛とした姿、そして穏やかな表情。
僕が半年眺めて来た、それが日常だった。
「半年も俺の後ろをついてきたおまえが、突然いなくなれば対処に困る」
「は?」
経緯はともかく背中を押してくれました。
「電車に乗る時も切符を失くす部下に配慮してた」
うわ。恥ずかしい記憶。
「タクシーに乗れば車酔いする部下に薬を事前に飲ませるのが習慣だった」
ひいい。何繰り出すんだ。
「得意先でお辞儀を忘れる呆けた部下の頭を掴むのに慣れていた」
それ入社したての頃です、やめて。
「行く先々で駄々こねて、嫌だ無理だ疲れたと喚く部下を宥めるのも苦ではなかった」
そんなに騒ぎました?
「俺が眠れないのを知っていて、夜は紅茶を飲ませない部下の配慮に気付いてた」
知ってた。
「提案するサンプルを社内に忘れて取りに戻る部下が、まさかそのまま視界から消える事に、俺は覚悟が足りなかった」
「卓屋部長?」
何?
「ケーキ箱をしっかり持て」
「はいい?」
いつも漂っていた紅茶の香りがした。卓屋部長の髪が触れたと思ったら抱き上げられた。
足、着かない、何ですか、浮いてる怖い。
でも卓屋部長の手、温かい。こんな間近で顔を見たのも初見、本当に端正な顔立ちだ。
「取り返すことは出来ない。でも近くにいる。頼ればいい」
あの、息がかかりますが。
「小動物みたいに目を赤くするな。下鳥は自信を持て。泣くなよ、二度と。俺の知らないときに」
「は、はい。気を付けます」
顔、近い。
「おまえはそのままでいいんだ。俺が保障してやる。半年も同行させたから」
「付き人ですよ。お荷物でした」
「本気でそう言うのか。荷物だったら倉庫に下す。付き人なら構ったりしない。半年も同行させたのは俺だ。違わないだろ。下鳥、許されるならこのまま抱えて取り返したい」
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