押し上げた部長の高み

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「ただいま戻りましたー」 卓屋部長と一緒に持ち出したサンプルの入った箱を抱えながらオフィスに戻ると、派遣社員さんが「おかえりなさい、部長、いい茶葉を手に入れました。ご賞味を」と駆け寄る。人気者。 そうだろうな、取引先でもたとえ難航しても強引に進めずにその場で「検討します」と引き取る場面もあるし、社内では誰に対しても隔てなく接するから、特に立場の弱い派遣社員さんなんて感激だろうな。この容姿で穏やかなんて、見るだけで有り難い存在じゃないか? 話すきっかけが欲しくなるだろう。 「紅茶? 嬉しいな、何処の?」 嬉しそうだけど、卓屋部長、今日何杯紅茶を飲まれました? カフェイン舐めたら駄目ですよ。利尿作用や覚醒作用がありますよ、コーヒーほどじゃないけど。あなた不眠症じゃなかったですか。紅茶が原因ですよ、言った方がいいかな。部下として駄目かな。 「マリアージュフレールです。如何です?」 「ありがとう。丁度よかった。マリアージュフレールならスパイスが利いているから甘いものと相性がいい、この手土産があるから皆に配って貰っていいかな。お願い出来る?」 「勿論です! ありがとうございます、いただきます」 またファンが増えたぞ、これ。 何時の間にスイーツを買っていたんだ。目を離さないようにしてたのに。ん? あれ? 「下鳥、おいで」 「はい?」 箱をデスクに置いて駆け寄ると「これ」とチョコレートの小箱を渡された。なに? 「甘いもの好きだろ」 「ええ、ありがとうございます」 子供扱いですかね。 でもこれ、パティシエ・エスコヤマのチョコレート。神戸まで行かないと買えないのに取り寄せでもしたのかな。ああ先週出張したな。その時買ったの? いつだ。見てないぞ。 3000円はするのに、こんなに軽く受け取っていいのかな。 「渡し忘れてた。ごめん。でも冷蔵庫に入れておいたから変色していないと思う」 「いやいや、そう言う事ではなくて。卓屋部長、これ高いですよ。知ってます」 「毎日はあげられないけど、たまにはこういうの食べたほうがいい。コンビニで手軽に買えるものも悪くないけど、これなら自分にご褒美だと思って励めるだろ」 そう言われると、ああ、そうなのかと思う。丸め込まれたかな? 「俺も紅茶が飲めるまで踏ん張ろうと思って乗り越えているから。毎日なんてあっという間に過ぎてしまうよ。下鳥、時間って貴重だよ。使い方次第で自分が変わるんだ」
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