安らかなる濃紺の世界

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管理人としてのわたしの仕事はこの湖に訪れた人を一晩泊めること。 カウンセラーではないので話を聞くわけではないし恋人や家族のように悲しむことも抱きしめることもない。ここに来る人達は優しさで思い留まる段階を超えている。それでもこの1晩が利用者が最後に思い留まるチャンスとなる。実際に明日死ぬという未来が分かったときに恐怖と後悔を滲ませて思い留まる人間は少なからずいる。何度もしんでいるわたしでも分かる。それ程までに死は圧倒的だ。 この日の利用者は若い女だった。既に死んでいるような目。纏った重い空気がまだ彼女に感情が残っていることを告げる。もっとも苦痛以外の感情を感じる力があるかは分からないが。 「こちらが陽羽(よう)さんのお部屋になります。食事の時間になりましたらお呼びします」 彼女は特に反応もなく部屋に入っていく。わたしは続けて注意事項を説明する。 「この屋敷の中は自由にご利用頂いて構いませんが、外出はお控え下さい。立ち会い外で湖に入られると困りますので」 一瞬、こっちに視線をやったが今更だとでも言うように直ぐに焦点を外して部屋の扉を閉め籠もってしまった。 この注意-勝手に死なれては困る-という言葉を聞いて動揺するような者には可能性がある。 彼女は切動揺しなかったが視線をこちらに向けた。そしてその視線は怒気を含んでいた。
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