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彼がそんな”超能力者”でも”魔王”でもないことを、生徒たちに納得させることができれば、この正体不明の”うねり”は、翌日にも沈静化すると校長は理解していた。それは海千の教育者としての世渡りの知恵の結果でもあった。特に公立ではない私学の人間としては、学園の人気が翌年の入試学生数に響くことを念頭に、運営をしなくてはならないから、なおさらのことなのだ。
まして、その”魔王”は、この夜空を飾る星の世界、宇宙から押し寄せる”幻魔”とかいう悪魔とも悪霊ともよくわからない連中との関係で、この地球で暴れようとしているらしい。そんな与太話は、常識論者でしかない校長の理解を超えるべらぼうな話であった。そんなのは、今はやりの銀色の巨人と怪獣プロレスのTVマンガと同じ次元ではないか。何故、小学生ならまだしも、高校生となったわが学園の学生が信じ、噂し、異様な高揚感の中に巻き込まれているのか、理解することができなかった。
ただただ、それまでの十年以上もの教育者としての経歴すべてが壊される危機感さえあった。この異様な熱狂の原因はどこにあるのか。心理学者ではない彼には理解の外だった。とにかく、彼らは頼りのない、わけのわからない噂に踊らされ、それを校長以下先生方がそれとなく生徒達に”そんな根も葉もありそうに思えぬ噂に流されないように”と、言わせているのに、生徒達の熱狂はまったく治まるところがなかった。
繰り返すが”何故だ”というしかないのだった。
実際、この講演会を開くに当たって、むしろ否定的になって急に方針転換し中止を決断した校長を説得するために、噂の渦中の東丈が、GENKENの腹部長格の女生徒久保陽子ととにも校長室に直談判に来たのだった。
当然ながら彼はそのときに初めて、東丈という生徒を目の前にしたのだった。背の高さは同伴した女生徒と同じくらいだった。この春までは、わが学園の硬式野球部で甲子園を目指していたというが、その背の高さでは、誰が見ても、リトルリーグならまだ、と思わせる体躯だったのである。しかし、その小柄ながら、彼の好男子さは、まさに銀幕のスターもかくやというほどの、美貌と言っていいものだった。その体躯だからこそ、彼の美貌は際立っていたというべきかも知れない。言葉遣いも、とても噂の”魔王”を思わせるところは一切なかった。
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