アオイヒカリ

4/9
前へ
/9ページ
次へ
ここに辿り着くまで 先輩の隣を歩いてた時も こうして今、公園のベンチに 並んで座っている時も たったそれだけのことなのに どうしてこんなにも ドキドキするのだろうか? まるで瞬間冷凍されていた あの頃の先輩への思いが 急速に解凍されていくようだ。 そんなことを思いながら 缶ジュースを、一口飲む。 その瞬間、 アップルの甘酸っぱさが 口の中にふわっと広がった。 と同時に甘めの匂いが 嗅覚を刺激する。 学生の頃もこれ よく飲んでたっけな。 なんて嗅覚による 記憶も辿っていると さっきまでとは 違ったトーンで先輩が。 「ところで青野さ…したんだよな、結婚。」 「えっ?ああ…ですね。」 「っていうかもう青野じゃないのにいつまでも青野青野って呼んじゃダメだよな。」 自嘲ぎみに話す先輩の視線は 私の左手薬指に向けられている。 「名前…ですか。気にしてません。これまで通り青野でいいですよ。友達も未だにそう呼んでますし学生の時と同じのようにアオノって呼ばれると私も落ち着きます。」 何故だか昔から 周りのみんなは私の事を 名字呼びをする。 もちろん今日これから会う 友人たちもそう呼ぶだろう。 私もそんな呼ばれ方を 気に入っていたりもするのだけれど。 「そっか。そういうことなら気にすることないか。で、いつしたの?」 「結婚したのは…去年の春です。丁度、一年になります。」 「そっかぁ、まだまだ新婚じゃん。」 「全然、新婚らしくないですよ。結構、付き合ってる期間が長かったのでなんかもうすでに倦怠期だったりします。」 「そんなこと言うなよ。俺、お前が結婚したって聞いた時、かなり落ち込んだんだかんな?」 スーツの上着をベンチに掛け、 ワイシャツの袖を少し捲った所から 日に焼けた先輩の引き締まった腕が見える。 先輩のプレー格好良かったなぁ。 先輩はエースアタッカー。 180cm以上はある長身の先輩が 軽やかに飛びアタックを打つ姿は とても綺麗で芸術的だった。 「おい、青野、聞いてたか?俺、今、何気に告った感じになってたんだけど。」 「えっ、告った?誰がですか?えっ、なに?ボーッとしちゃってた。ご、ごめんなさい…先輩。」 本当はーーー ちゃんと聞こえていた。 だけど、聞こえなかったふりをした。 先輩への恋心は私の中で もう完結しているのだ。 同じバレー部のマネージャーと先輩が 付き合ってると知った時に 全ては終わっていた。 一晩中泣いてそれで終わり。 思いを告げることも出来ずに ひたすらバレーに打ち込んだ。 結果、選手としては 良かったのかもしれないけれど。 その後、何年か経って 先輩が私の事を気に掛けてくれているって 友達から聞いて知ったのだけれど 既に私には付き合っている人がいた。 今の結婚相手だ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加