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「俺な、すぐそこの交差点で事故にあったんだ。即死でさぁ、何もかもぺちゃんこ。だけど、あまりにも一瞬の出来事だったから、痛みもわからなきゃ自分の心が今、どこにあるのかもわかんねぇし。だからかな、理解できねぇんだよ。自分がこの世にもう存在しないなんて。」
閉じていた目を開けると
ゆっくりとこちらを見る先輩は
その大きな体には似合わない
とても不安そうな顔をしていた。
まるで小さな子供みたいに。
「ーーーそう、ですね。私もまだ信じられないです。出来ることなら嘘であって欲しい……」
思わず涙腺が緩みそうになる。
「そんな顔するなって。」
そう言うと先輩はまた私の頭を
ポンポンと、してくれた。
けれどさっきもそうだったけど
実際には先輩の感触はなかった。
その事がやはり、そうなんだなって
思い知らされる。
「青野、俺、まだまだやりてぇこといっぱいあったんだよ。仕事だって少しは任されるようになって面白くなってきたところだったし。まぁ、お前とは叶わなかったけど、恋愛だってしたかった。それでこいつだなってやつに出会ったら結婚してありきたりだけど子供も作っていい旦那でいい父親になりたかったよ。なりたかったんだよ…」
「先輩……」
先輩は少しの間黙っていたけれど
一つ息を吐くと私の目を見た。
「俺、結構お前の事、本気で好きだった。」
「えっ?」
「いいか?今度はちゃんと聞けよ。二度とはいわないからな。俺はお前のことが好きだった。」
頬に熱が集まるのが
自分でも分かる。
先輩が真面目に
伝えてくれていることも。
だからこそ
私もちゃんと応えなきゃ。
「先輩…ごめんなさい。」
「だよな。いくらなんでももう遅いっつうの。青野、そんな顔すんな。お前が悪い訳じゃないんだし。」
そうは言われても
複雑な思いが胸の中で
居心地悪そうにしているのがわかる。
「青野、いいんだよ。俺の我が儘なんだから。それに付き合わせてるこっちの方が悪いし。」
「我が儘ですか?」
「そっ。俺の我が儘。なんかさ、俺、色んな事やり残してるだろ?だから一つくらいやり遂げたいなって……まぁ、それでなんだ、お前に告白?みたいな。」
先輩は困り顔の私を見て笑顔で言った。
そう、昔となんら変わらない
あの爽やかな笑顔で。
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