1人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
木霊
老人は目の前の木を懐かしむ様に見ていた。
僕は今、井上という老人と共に大木の前に立っている。
井上氏は八十を過ぎる老人であり、三年程前に腰を悪くしてから杖をついて歩くようになったという。今でもとても元気で活力に溢れた人であるけれど、それ以前は今以上に元気な老人であったと周囲の人々は口を揃えた。唯一年相応なものがあるとするならば頭の髪の毛でありもうすっかり禿げ上がってしまっている。しかしその禿頭は、老いる事の悲しさを全く感じさせないどころか、老いの素晴らしさを表している様にさえ思え、老人の親しみやすさと人の良さを強調する良い禿頭だと感じた。
老人の表情はいつでも優しく穏やかである。
そして、老人は和服を愛用し、その姿は威厳に満ちている。井上氏は威厳と親しみやすさを兼ね備えたどんな人でも惹きつけられてしまう様な魅力を持った人であった。
僕は一年程前に井上氏と知り合って以来、度々彼の家に招かれ話を聞くようになった。彼はその度に自分の経験した不思議な話を聞かせてくれる。
今日もまた老人に呼ばれて彼の家の裏の木の前に来た。
最初のコメントを投稿しよう!